なぜ低音で練習するのか

長年ボイストレイナーとして生活させて頂いております。石村吹雪と申します。

歌をやりたい、と言っていらっしゃる方の大半九割九分の方のご希望は、

とにかく高い声が出したい

です。

何故かと言えば、巷間流布配信される音楽、いわゆる歌、は、素人には出せないような高さで歌われることが多いからでしょう。いいですね、プロですもの。素人が簡単に真似出来るようでは、プロの名が廃ります。もちろん、高さだけではプロとは言い難いというのは、小学生でも分かるお話ですから割愛します。

これに対して、我らがボイストレーニングを施し導く方向は、

無理なく、伸びの良い、それはすなわち聴く人にとって嬉しい発声であり、それ以前に放つ人にとって嬉しい発声です。

その過程の先には、無論、高音の発声も出て来るわけですが、簡単じゃありません。無駄なちからわざで出す発声を伸ばした所で、先が知れています。ですから、本能的に楽に発声出来る音域すなわち、中低域を、確実に、理想的な発声で歌えたり話したりすることが出来ることからはじめます。そうでないと、その、楽な発声とやらが、どういうものなのか分からないからです。分からないことを闇雲に重ねても何にもなりません。

お分かりでしょうか。さらに言えば、中低域ならば、あまり騒音のように聴こえませんから、練習もしやすいです。人によっては、その気持ちよさのあまり、高い声なんて出せなくてもいいっと言い出す方までも実在するほどです。

中低域の安定が、初歩の初歩です。そこが甘いと結局、最初からやり直しになります。だから、一人の練習には低めの声で、ということをおすすめするのです。