音痴だからボイストレーニングを要するのか

部屋

昨夜、帰宅しようと鍵を閉め、日に一本にしようと心に決めた缶コーヒーを買おうとしたその暗がりで、

 

「ボイストレーニング、受けたいんです。音痴だ音痴だって言われて来たので」

 

と突然言われてしまったのでした。(心底驚いた)

 

ご近所の方なのに、まだご挨拶に伺っていなかったことを詫びつつ、是非なーんにも気にせずにいらして下さいと申し上げた次第です。

 

これは確かに、よく耳にします。よくきくんです。ほんとに。

 

では、音痴だからボイストレーニングをするべきなのか、音痴でなければボイストレーニングは不要なのか。

 

私自身の経験から言うとすれば、音痴だからと言ってボイストレーニングをやれば音痴は完全に治るとは言い切れず、音痴でなくともボイストレーニングは大変有益である、と断じることになります。

私自身は、歌唱の為にボイストレーニングを始めましたが、もともと全く音痴ではなかったと思いますし、当然以下に述べますところの音痴の尺度で言えば安定感は出ましたが、それ以上に、「声自体」が改善されたことに対して、強くその有用性を説きたいところです。(詳細は拙著をごらん)

 

前者は、音痴の定義にも左右されます。発声器官の平均律的な不安定さのことを、一般的に音痴と呼ばれることが多いのですが、それは改善されます。(音痴の定義は各自調べて下さい。)ただし、症状の程度に依ります。私も振り返れば千人ほどはお客様として迎えて来ましたが、本物の音痴という言葉に値する方は、その名とともに記憶にしっかり残っています。片手指ほどもいません。つまり、大抵の自称音痴は改善されます。

 

後者については、「うたわないボイストレーニング」に於いてくどくどと述べてあります通り、会話に於いて[多少でも聞き返される経験]のある方には、絶対に有益です。そしてその側面は年を取るほど「あまり問題にされて来ません」。つまり、「話を聞いては貰えなく」なり、それ程度のコミュニケーションが当たり前、になってしまうのです。それは、生き方に於いて損になります。

 

とするとついでに、音痴でもなく会話にも不都合ない方、が残りますが、当教室では歌をたくさん歌います。歌は楽しいです。たくさん歌うと上手くなります。たくさん歌う為に必要なのがボイストレーニングです。その必要もない方でもっと上手に歌いたい?それはむしろ、カラオケ教室に行かれた方が良いかもしれませんね。カラオケ教室では時間的にやりきれない、その地盤作りがボイストレーニングである、ってな話は先日書きましたね。

 

あー真面目なこと久しぶりに書いた。写真は、飯田橋教室、製作中のひとコマ。ひとりでこれらの資材を毎日毎日一階から二階へ運ぶのが、どうも健康によかったようです。現在、その模様を軽く動画にする作業中。お楽しみに。