劇場化現象

うたわないコース希望で入られた方のケース、忘備録。

 

職業柄、落ち着いた威厳のある声を使えるようになりたい。なぜかといえば、大勢の人に向かってお話をするときに、高音早口の聞き取りにくい声を発してしまい、よくよく喉も痛くなってしまうから。

 

そうだね、先生(ご職業ですから)。その喋り方、ご愛嬌はあるけども、学生さんから親しまれこそすれ、威厳という面には欠けるかもしれませんね。そのわしゃわしゃした喋り方、悪くないよ。嫌いじゃないけどね、個人的には。

 

と、なかば突き放したような私の見立てに対して、大変真面目に、それでは困るのですと言わんばかりに、自分の癖をあらためるべく、いろんなことに挑戦し、努めてらっしゃるタイプでした。

 

思えば。ゆっくりと、落ち着いてまずは呼吸をしてみましょう。と始めた当初、身体も硬かったし、まるきり深い呼吸ができなかったのです。ホットカーペットで腰背中を温めながら、ゆったりと長い時間をかけて緊張をゆるめて呼吸の練習をしていたことを思い出します。しかしもちろん取り組み方は大真面目ですから、やがてレッスン時間内ではとてもいい声で喋れるようになりました。滑舌も文句なしです。さあ、日常の現場へいってらっしゃいと、送り出すのでした。

 

性格的には、学究肌であり、ひとり部屋にこもって遊んでいるのが好きなタイプであることは、回を重ねるほど理解していました。だから時々、またまた喉が痛くなってしまったこと、声が上ずってしまったことを気に病んでらっしゃるのを見るにつけ、適切な伝え方が思いつきませんでしたが、私にはうっすらとその理由はわかっていました。

 

実際には、自らの社交性の乏しさを相当気にされていたのでしょう。いざ人前、あるいは見知らぬ人たち、または、社交性もちゃんとある人物を演じる必要を感じた場合に、元気すぎて何言っているかわからないくらい狂躁的な振る舞いをしてしまう。言わば、ひとり劇場化現象を起こすという性癖があるのです。そして、ぐったり疲れて、喉も痛くなる。

 

その不要性、を説いてきたのです。どんな時だって今のまんま、の振る舞い方でじゅうぶん変な人でもなく、常識的な人に見えるからいいのですよ、また、今みたいな極端に落ち着いた声に拘らなくても 別段問題ないのよと。しかし、なにぶん自覚がありませんでした。人は自覚のないことを自分で注意するのは、とても難しいことです。

 

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がしかし、ついにこの時は来たようです。

 

曰く、自分の中で劇場化スイッチが入った瞬間を自覚されたと言うのです。そしてやっぱり、ぐったり疲れ、喉が痛いと。

 

 

ただこの経験でついに彼女は、自分の性癖に目覚めたのでした。つまり、あのような自分にならなければいい、と気がついたのですね。彼女の放った一言に胸が詰まりました。

 

 

結局、自分であればいいのですね。

 

 

よかった。たどり着いたね。きっともう大丈夫だと、言わせておくれ。