あたりまえの師走が来ますように

ごきげんよう、石村です。

CD900STで耳を閉塞密閉して小浜田知子門下生コンサートを聴きながら(買ったよ)、書いております。うん。すごいヘッドフォンだ。聴こえすぎるくらい聴こえてくる気がします。

ここのところこんなことばかり書いていますが、やはり教室に発表会はつきもの、いやいや、おまけみたいな言い方以上の価値があります。

やっぱりみんな練習しちゃうものね。来週私が企画している、たかが忘年会(兼発表会)に向けても、皆さん練習しちゃってるものね。

シブイオンガクスタヂオとしての発表会の形式は変異してきています。教室規模の拡大がすなわち成功とも思えない事情です。気が向いたらご覧ください。

おお、まさに今も、ツイキャス再生中の耳には朗読が聴こえてきますよ。

ボイストレーニングの成果として歌唱の発表は一般的です。しかし、朗読コースやうたわないコースがある以上、語りの形式があって当然です。さらに神保町教室のオンライン発表会でも、歌唱以外の新しいアイディアが展開されています。多様でとても面白いなあと思うのです。見て聴いてもらいたいと思うんです。

かと言って、例えばこの面白さを短くアピールする動画を作るために、取捨選択したり順番を入れ替えたりちょんぎって編集、だとか、あと優劣を判じて取り上げるとかも、つまらないと考えてしまうのです。その日のその場に向かって準備したその結果のあるがまんまの人間が、面白いわけでね。

だから、2、3時間で楽しめる分量だけ、こうして各講師分派開催されているのは、有意義だと思うのです。カラーもあるしね。しばらく疫病騒ぎで通常の形式ではとても開催不能でしたが、無観客配信という形式がこのように確立された今、これもいいじゃんと思います。

思い出すのは、2020年3月の企画。出演者も観覧者も急遽来場辞退の続出で、目の前真っ暗でした。あの日のために一生懸命準備したみなさんだったのに。しかしあの春以後、ライブハウスには無観客配信の設備が整いました。今やそれを積極的に活かすことができます。無論、配信されたくない方もありましょうからやり方は考える必要がありますが、聴く人のいない発表会には意味がないのも真実です。

配信を見ながら、つらつらと書いてしまいました。来週は、私たちの番ですね。楽しみです。慣れ親しんだ、あたりまえの師走を楽しみに。