地震により

道路

土曜日、急なお休みをいただきました。また逆に、みなさんご無事なのでしょうか。



金曜日は朝から熱っぽく、というのも火曜日の夕方からずっと忙しかったこともあり、金曜日は体力温存に努め、静かに事務仕事と掃除をしようと決めていたのです。


やらねばと決めていたことも一段落。

さてとますますだるいし身体を休めようかと思っていたら、外回りの途中で休憩に来た生徒さんがあり、例によって馬鹿話モードに入っていたのです。





地震。

 そんなときによく言う台詞。

「まさか君と一緒に死ぬことになるとはねえ」
(ものすごく嫌がられたことがあり、要勇気発言)



建物全体が波の上にあるかのような揺れ方で、いつつぶれても仕方ない気分になりましたが、一カ所を除いて最初の二波は無事しのいだシブイ飯田橋でした。昨年壁を私が作りましたからね。と自画自賛の余裕顔でした。


そのただ一カ所とは

先住人か所有者が置いた、水洗トイレタンク内のペットボトル。



さて。
しかし私は、忙しいだろう土曜日のために風邪気味をおさめるべく、早く帰って寝ようと決めていましたから、荷物をまとめて飛び出したわけです。早く帰ろう早く帰ろう。



ご存知の通り、通勤電車はすべてアウト。帰宅困難に陥ったわけです。寒風の中、どんどん咳が重たくなり、土曜日を諦めたのは案外早かったのでした。


携帯電話の電池は実は飯田橋を出た頃から怪しく、基本オフにしておいては時折一通送信してまたオフるというペースで、スタッフにお願いをしたり、呟いてみたり。


やっと辿り着いた池袋駅は私の苦手な行列とお祭りで、自宅ではなくまだ近い実家を頼ることを決めたのが確か七時。


私は地図の虫であり、そもそも池袋育ちですから、限りなく直線になるように道路選択をしたものの、実家に着いたのは十時過ぎ。そこで初めてテレビをみて呆然。


被災者の心細さというものを、生まれて初めて深く想像できました。なぜか、反省さえしてしまいました。



帰宅したら自宅ではいろんなものが棚から落ちていました。余震の加減に全く気づかず歩いていましたから、その後のシブイ飯田橋の安否が気になる本日です。



写真は、ごったがえす池袋駅手前。みな興奮していたようです。私はとにかく、だるかった。