喉の力を抜く工夫

普段あまり考えないことですが、久しぶりに外国人の方のお申し込みがあり、それは私が講師にさせていただいて間もない頃にやって来たペルー人の男性以来ですから、14年前のこと。つまりこのお仕事も14年になります。

たびたび書いてきましたが、私自身は大きな身体の割に全く大きな声は出せず、しばしば聞き返され、或いは私の意見は聞こえないがためにスルーされ、独りよがりな性格が形成されて来たわけです。

自分のことというのは、実に客観視するのが容易でなく、今でも一人分空いた電車の座席に腰掛けて行く勇気はありません。

しかし、これだけ声について沢山の人の癖を診ていく年月を重ねて来ると、私自身の喉癖の強さ及び頑迷さを思い知らされます。

いや、私だけではないでしょう、はて一体、自分にはどんな声が出せるのだろうか、響きと伸びがあり、はっきりと通る優しい声など、持ち得るのだろうか、それは一体、どんな声なんだろうか、想像もつかないと。

分からないながら毎日、歩くときに気をつけました。一歩一歩、鼻から息を漏らすように身体の深くから息を送り、胸部から頭部へ拡がる響きをもった柔らかい、ん、の音を。分からないながらも、そんな積み重ねから、ヒントを捕まえてきました。焦っても無駄でした。

結局そんな、一体何になるのか見当もつかないことの繰り返しの向こうに、手がかりはあるものですね。どう考えても、私ほど酷い癖の持ち主とは未だ出会っていません。私の言うことを聞いておけ、としか、言いようがない所以です。