好きに歌えばいいんだよ。
おおお、気がつけばもうGWですか。こないだお正月だと思ってたのに。。
こんにちは。神保町教室のクボです。
最近、知人がライブバーでピアノ弾いてる、って言うのでちょいちょい遊びに行きまして。
知人と言っても、僕よりずっと年上で、メジャーの第一線でのキャリアをお持ちの大先輩のキーボーディストの方なんですが。
譜面をペラッと渡せばめちゃくちゃ良い感じに弾いてくれて、気持ちよく歌えるんです。
で、先日行った時は、誰でも知ってるような曲を、その方ならではのアレンジで弾いてもらい、僕がそれに合わせて歌い方を考えていく、なるべく原曲の雰囲気の影カタチがないようにしてみよう、っていう「遊び」をやってみました。ただし、メロはなるべく壊しすぎないように。
僕が歌ったのはユーミンの「ひこうき雲」とサザンの「いとしのエリー」。
ピアノがこう弾けば、僕はこう歌う、僕がこう歌えば、ピアノもそれに合わせて、、、と非常に楽しく歌わせていただきました。
で、改めて思ったのは、歌って自由だよな、と。なんかこう、みんな「こう歌わなきゃ」みたいなのに囚われすぎてる気がします。たとえば、Youtubeの歌ってみた動画。「原曲キーで歌ってみた」とかって、僕らからすればなんの意味もないことなんです。
その人の生まれ持った声帯にとって最も響くように歌ってあげればいいんです。誰かに合わせる必要なんか全くない。
基本的には、自分にとって気持ちよく歌えることが、聴いてても気持ちがいいものだと思います。
でもって、その自由を得るために練習するのです。あと、いろんな音楽を聴く、もね。
狭ーい世界で「これが一番いいんだ!」っつってもしょうがないからね。
試しにみなさんやってみて。
例えば1曲、好きな歌をアカペラで歌ってみる。自分の出しやすいキーとテンポで。
カラオケ屋さんでひとりで、まずこのアカペラで歌ってみましょう。
で、そのあとその曲のカラオケを出して、さっき歌った自分のアカペラのキーとテンポに調整してみる。
なかなかどうしてオンリーワンな自分の「その曲」になってますから。
いやー、そのキーとテンポがわかんないですよねえ、って方は迷わずお尋ねください。
そのために僕らがいるのですから。
神保町教室 クボフミト
花粉症デビュー
こんにちは
飯田橋講師・小浜田知子です
花粉症デビューしました
3年くらい前から薄々
この時期は何だかおかしいなぁと思っていましたが
今年はどうにも苦しい…
コロナか?
と思ったけれど、ヒノキ花粉症でした
私の場合は鼻水が少しと、喉がざらざら
気管が狭くなり咳は出ないけど、咳が出そうな感じ
歌を歌うにはとてもつらく
喉も疲れやすいです
ちょっと歌うとすぐ疲れてしまうので
これは声帯に何か出来ているのではないか?
と不安になりカメラを入れましたが
声帯に異常なし
むくみもなく、むしろいつもよりキレイ…
ホッとはしたものの
演奏やレッスンにはどうにも差し障りがあります
結局、呼吸の浅さが原因
気管が狭くなっているので、深く吸えず深く吐けず
今まで花粉症がなかったので、こんなに大変なものだとは!
と驚愕しています
花粉症のみなさま
舐めててごめんなさい
苦しかった事でしょう
しかし、このコロナ禍
マスク2重で生活していた為
呼吸がだいぶ上手くなっていました
不幸中の幸い、負けるが勝ち、雨降って地固まる、
あと他にピッタリする言葉があった様な気もしますが
私、普通の人よりは、深く吸え深く吐けているかと思います
もともと、歌で肋骨響鳴法を使う為、普段から肋骨を開いての呼吸なので
無駄に吐いたり無駄に吸う事は極力していなかったけれど
花粉症の時期が終われば、もう少し進化した呼吸になっているのではないかと
ヒノキ終了が楽しみです
呼吸は生きる基本ですね
花粉症のみなさまも、そうでないみなさまも
呼吸を一度見直してみてはいかがでしょう?
レッスンでお手伝いできますよ
ありがとうキャンペーンを思いついた
ボイストレーニングに通うことによって声がはっきりと通るようになったり、いや、声色が明るくなったり、響きが心地よいものになったりしたおかげで、
いい声ですね、
なんて言われることが、ありませんか?もちろん、ある、という方が複数いるからわざわざ書いているのですが。
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お友達紹介、じゃないのです。いいって言ってくれた人を紹介するだけなので、いわゆるお友達紹介キャンペーンではないのです。いわば、褒めた人紹介キャンペーンなのです。お友達じゃない分、気楽とも言えます。
しかも、みなさん平時からいい声を意識的に使うようになる、という素晴らしい利点もあります。
そんなことを思いつくほど、シブイオンガクスタヂオも、疫病禍の中で命からがら生きながらえています。
なんか、素敵なコピーを添えた名刺サイズのカード作りたいな。久しぶりにペンギン制作のツッキーさんにお願いしようかな。
なんてことを考えている三月でした。考えているだけで四月になってしまいましたが。
ここで話が終わりそうなので、例によって個人的な経験から申し上げますと。
私の場合は、小さい頃から声が小さくて、何を言っているのか聞き返されることが多く、そんな癖がたたって、歌っている間のいわゆる滑舌も悪く、長年苦労をしました。
ボイストレーニングに通い始めたのは26歳で、28歳から講師を務め、30を過ぎた頃に、生まれてはじめて、いい声ですね、と唐突に生徒さんに言われたのを思い出します。(本当は、30を過ぎた頃だったか過ぎていなかったか、それが誰だったかも思い出せないくらい遠い過去になってしまいました。)
けれども、若い頃から歌が上手だったり、いい声だと褒められたことは一度たりともない人生だったのは間違いありません。事実、講師になった頃はよく、若い生徒さんから皮肉まじりに、先生ほどの腹式呼吸の達人ともなると、だとか、先生に教わっていても上手くならない、と面と向かって言われたものです。素人の若者は正直です。真摯に受け止めました。
だものですが、いつの間にか、喋り声や歌声を褒められることはとても増えました。それを今になっても当たり前と思えない卑屈さが私の私たる所以ではありますが、つまり何が言いたいかといえば
声は確実に変わる
ということです。しかも、いい方向に変わります。褒められるんですよ。信じられません。未だに親族はそれを信じないほどです、なぜ親族を引き合いに出すかといえば自分自身だけではない客観的な判断に基づいて、声が褒められる筈などない、出自だったのです。くどい。
変わるんですよ。そのメリットは、書き出せばキリがありませんし、散々書いてきたので、割愛します。